ホラービデオなど観ているとあくびの出る方で、TSUTAYA に来ても自分からそれに手を出しはしない。専ら他人に付き合って観る。なにしろ退屈ですので画面をではなく画面を見ている隣の人間の方を観察すると、本当にそれを楽しんでいるらしい事を発見できる。ホラービデオというのはパターンになっているもので、登場するのは往々にして仲の悪いカップル。二人でどこかへ行き、超常なる体験をする。女は霊のしわざだと騒ぎ、男は頑迷に霊を信じない。そして信じなかった男は死ぬ。生き残った女の独白で幕切れ。あまたあるホラービデオの大方にあてはまる筋である。1本観ようが1000本観ようがおんなじという事だ。とはいえ、楽しめる人種にしてもこの筋を面白がってるのではないらしく、ホラーという以上はホラーなシーンで、怖がって楽しんでいる様子だ。ここがホラーを楽しめるか楽しめないかの分かれ目である。つまり、ホラーなシーンが怖くない人にホラービデオは向いていないのだ。
よく似たジャンルにスプラッターがある。血塗れの残虐シーンの連続で、人がバタバタ死んでいく。自分は地味なホラーより派手なスプラッターの方が面白いと思う。しかし往々にして純粋なホラー好きはスプラッターを大味だとか下品だとか言って嫌うもので、どうもホラー型人間とスプラッター型人間に分類が分かれるようである。
漫画 Another はスプラッターを含むので、スプラッター型人間の自分も楽しめるし、グロさは控えめなので、ホラー型人間でも読める。スプラッターとしては控えすぎの嫌いがあるくらいだ。初めて読んだ清原紘の漫画はコインランドリーの女で、この絵柄が印象に残ってたのが Another を手に取った一因でもある。これはホラーに見せかけたギャグになっていて、キャラに落としたホラーな影が笑いを誘うという仕組みになっていた。Another でも印象的な影は健在で、それもギャグでなくシリアスなホラーとして作用していた。とりわけ強調されているのは瞳で、漫画の演出としても物語の筋としても重要な役"目"を果たす。自分はとても清原紘の画を気に入った。
筋には良いアイディアが含まれているが、丹念に読んでいないと見落としてしまいそうだ。特にルールの部分はホラーと思えぬほどややっこしい。しかし、そこが根幹でありオチにつながるものなので、見逃してはならない。
お気に入りのキャラは赤沢さん。綾辻行人の原作ではモブだったそうであるが、本作では中心的役回りである。その輝きはアニメ化でさらに増し、ついに死んでしまうほどだ。ついでなので赤沢を中心にして漫画とアニメを比較すると、漫画の方では赤沢から主人公への恋愛感情はなく、むしろ勅使河原との可能性を予感させるものであった。対してアニメの方ではマルチヒロイズム型恋愛ゲームの文化が流れ込んでか、赤沢から明確に主人公へ向けたベクトルが伸びており、つまり見崎に夢中の主人公に赤沢がアプローチするような筋に変化していた。主人公のモテ化である。アニメのヒロインレースに出走して死んだ赤沢より、漫画の怜悧な赤沢のほうが切れ味が鋭く、魅力があると思う。
コインランドリーの女的なギャグがまれに挿入される。箸休めといえばそうだが、要らない。


















